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2001年パリの旅

  • 2001年末、年の瀬にパリへ行ってきました。
  • 2002年の年明けはパリ!?と思っていたらとんでもない誤算。味も素っ気もなく帰りの飛行機の中で年明けを迎えました。まあ…これはこれでなかなか経験できないだろうけどね。
  • 「フランス10日間☆徒然日記」コンテンツ内の「銃士たちのお宅拝見!の巻」は三銃士ファンなら必見!
小心者:COASA
レベル:英検3級・仏検3級(ひたすら読み書き専門。もちろんしゃべれない。)
同行者:梟(フクロウ・現ダンナ)
レベル:英検2級(フランスの知識ゼロ。なのにやむを得ず会話担当。)

COASAの小心・臆病っぷりを、恥を忍んで大公開!(ヤケクソっぽい)

プロローグ

会社を辞めてのほほんと過ごしていた11月。ある日不意に梟が提案してきた。

「今年は年末年始9連休取れたから、こんなチャンスは2度とないかもしれないし、フランス一緒に行ってやってもいいよ。」(←梟は私が三銃士狂だと知っている)

げっ。か、海外旅行!?そんな急に言われても心の準備が…。そりゃフランスは憧れるけど、実際行くとなると話は別だよう。ま、ましゃかこの私が日本脱出だなんて…。うおー、外国なんて怖いよう。でもこれを逃したら行けないかもしれないよう…。
…などと、うだうだと悩みまくり世紀の一大決心、思い切って行く事にしたのであった…。
しかも梟に「会話はまかせるから」と釘をさされてしまう。それから1ヶ月、にわかフランス語勉強に精を出したのは言うまでもない。
さっそく格安ツアーに申し込む。このご時世からかホントに格安。4泊6日、実質パリにいるのは丸3日という計画。

1日目

くもり時々小雨

午前9時ホテル出発。ようやく夜明けでこの時間でもまだ薄暗い。
ホテルから近いガール・ド・レスト(東駅)まで歩いてきたが、意外に中心部まで歩けそうなので、地下鉄は使わずセバストポル大通りを歩いて下る。

地図はほぼ頭の中に入っている(と思い込んでいる)ので、意地でも手持ちのは広げず、街頭にある地図を確認しながら進む。
(小心者ポイント:旅行者はスリに狙われるという妄想でビクビクなため。)

なんとなくサン・ドニ通りへ。なじみのある名前につられて入ってしまったが、真昼間からお水系のお姉ちゃんたちが、ところどころに、というか見渡す限りに立っている。
梟曰く、「パリの歌舞伎町だねえ。」

正面に大きな壁が見える。行き止まりか?と思いきや、サン・ドニ門だった。
普通の生活のある街中に、いきなりプチ凱旋門が現れて少し感激する。

複雑な交差点でも地図は出さず、本能の赴くままに南下する。
気付くと第一の目的地チクトンヌ街(つい「街」と書いてしまうが正しくは「通り」)がある。梟の手前、ほっとする。
なんてことない裏通りだったが、ここにマドレーヌの経営する宿屋があったのかァ…と思いつつ踏みしめて歩く。
カメラがない分、目に焼き付ける。
(小心者ポイント:持ってきたデジカメはなぜか充電切れ。現像できなかったらもったいないと言い訳して、使い捨てカメラの現場調達さえしない。ホントは買い物できないだけ。)

チクトンヌ通りを抜けパレ・ロワイヤル方面へ行くつもりだったが、フォーラム・レ・アル(昔の中央市場)の文字を見つけたので、とりあえず矢印の方へ進んでみる。
横目でサン・トゥスターシュ教会を見ながら、地下へ続くエスカレーターでショッピングセンターに入るが、梟希望のバッグ店がなかったのでまもなくそこを後にする。

いつの間にかサン・トノレ通りに出る。とりあえずパレ・ロワイヤルの方向へ進む。するといつの間にかリヴォリ通りに。ルーヴルが真横にそびえている。梟曰く、「ここからでも中が見えるじゃん。」

パレ・ロワイヤルと思しき建物に到着。しかし門前に警備員らしき男性が2人立ち、ものものしい雰囲気。
あれ、今は自由に入れるはずじゃ…?とそこを避け、とりあえず裏に回ろうとしたところで入り口発見。
中は公園のようになっていて、周りをぐるっと取り囲むように建物が建っている。
フランス人らしきおじいさん、おばあさんのツアー団体が歩いている。
小雨で人もまばら。近くで写真を撮っている中国人らしき男性2人が変なポーズをとっている。
誰も見ていない事を確認し(苦笑)こそこそと地図を広げる。

「ダルタニャン切手」の存在が気になって中央郵便局へ行く。
パリでは大きそうなところなので、日本の郵便局のような混雑を予想して行ったのに、窓口しかない簡素な内部。
とても旅行者が記念切手を探す雰囲気ではなくあきらめる。
(小心者ポイント:会話が怖くて窓口で聞けない。)
梟がため息。

再びリヴォリ通りに戻って今度は東へ。小さな書店を見つけて入る。
フランス全土とパリの地図を、あれでもないこれでもないと品定め。
人のよさそうなおじさんとおばさんのいるレジへ行き、梟所望のタバコと一緒に買う。
思えば、これが私がパリで買った唯一のお土産だった。

そろそろお昼どき。ファーストフード風なサンドイッチ店に入るが、店員のフランス語が聞き取れず、結局梟の英語に頼る。梟は先が思いやられる様子。ちゃんとしたカフェに入れば少しは英語の通じる人がいたのに、とブーたれる。ごもっとも、と小さくなる私。
ここでトイレを拝借。ドアにコインを入れるものだった。

気を取り直してヴォージュ広場へ。パレ・ロワイヤルと同じく人がまばら。
とりあえずルイ13世の像を眺める。私が以前ビデオを貸した「アニメ三銃士」の知識しかない梟に、ここにミレディーが住んでたんだよと説明。

そのままフラン・ブルジョワ通りに突入するつもりが、どこをどう間違えたのかボー・マルシェ通りに来てしまう。
街頭の地図を頼りにぐるぐる回って何とか戻ってくる。
よく見ると、いろんな国の旅行者が地図を広げている。なんだ、そんなに警戒する事はなかったんだとようやく悟る(笑)。

カルナヴァレ館へ。ごちゃごちゃと人がいてどう進めばいいかわからない。
「CASHIER」と書いてあるカウンターがあるので、ここで券を買うのかと思い、「Deux billets シルブプレ」と言ってみると、カウンターの中のおばさんが何か言っている。
「musée(博物館)」だけ聞き取れたので「そうそう」と同意してみると、おばさんは再び何か言って館内を指し示した。どうもただで入っていいよ、と言っているらしい。

おずおずと入る我々。ちょっと行った所で、みんながパンフらしい三つ折の紙を手にしているのに気付く。 そう言えば入り口付近で何か渡してるお姉さんがいたなあ。しかしただでもらえるんだろうか。
入り口に引き返しびくびくと「Je veux ça.(それちょうだい)」と言ってみる。「×××?」とお姉さんがパンフを指しながら何か言うので、よくわからないけどうんうんとうなずくと(オイオイ)、そのパンフを手渡される。やった、パンフGet!

パンフを持って意気揚々と梟のところに戻ると、なんかみんなの持ってるものと違う、とまた梟がこだわる。
よく見ると私がもらったのは英語で書かれたパンフだった。あのお姉さんは気を利かせて英語のをくれたようだった。
あの時おそらく「anglais?(英語の)」と言ったんだな、とようやく理解する。

さていよいよ館内見学。とにかく17世紀関連のものが見たい、と1階から2階へ。
パンフの館内図がわかりにくく、そういえばもう1つ順路があったなあ、と一旦入り口へ戻る。
反対へ進もうとすると受付のお姉さんに呼び止められた。やっぱこっちはただじゃ入れないのかな?と引き返そうとすると、「ドネ、ドネ!(あげるってば←たぶんこんなニュアンス?)」と映画の半券のようなチケットを渡される。
そこに何か書いてあるので、辞書を引いてみると「無料」。なァんだ。

ようやく安心して目的のフロアにもたどり着き、リシュリューやフーケの肖像画、ヴォージュ広場でのルイ13世とアンヌ王妃の結婚式の図などを、辞書を引き引き見てまわったのだった。

カルナヴァレ館は満喫したものの、たった1つ建物に入るのにこんなにくたびれ果てるとは。時間はもう4時。既に日も傾いている。今日はもう帰ろう、と歩いて帰る。
結局今日1日、地下鉄にはまったく乗らず、 すべて歩いての移動となった。

梟のフランスでのもう1つの希望がカキ。箱単位で店頭に並んでるのはよく見かけたが、ホテルに持って帰って食べるのも無理があるのでレストランで注文するしかない。
帰り道、東駅の近くにカキを取り扱っているレストランを発見。最大条件の英語のメニューも書かれている。
しかし値段が、カキ料理1品で300F(約6,000円)以上する。ちょっと高いねーと断念。

東駅構内のサンドイッチ屋で夕食を買う事に。サンドイッチといっても、こっちのはフランスパンに縦半分に切れ目を入れて、ハムやレタスを挟んだもの。

梟に、少しは冒険して来いと買いに行かされる。ビールやワインも必死に訴えて何とか買う。まさに「初めてのおつかい」状態。
小銭がやや足りず、110F(約2,200円)ほどの会計で500F(約10,000円)札を出したら渋い顔をされる。
100F札とありったけの小銭を出すと、「それでいいわよ」という身振りをされる。これで小銭はゼロ。
(小心者ポイント:この後ホテルのチップの捻出に苦労する事になる。)

…こうして、波乱の第1日目は暮れていったのでした。(沢田敏子(アニ三ナレーター)風に)

2日目

本当は左岸めぐりの予定だったが、雨を避けるため建物に入ろうと、ルーヴル美術館へ行くことにする。
…しっかし、パリの人たちって傘ささないのねえ。結構大粒でもフードかぶって済ませてる人ばかりだったし。

2日目にして初めて地下鉄に乗る。シャトレの駅で降り、ルーヴルへ(遠いんだけどちょっと歩きたかった)。
サマリテーヌやサン・ジェルマン・ロクセロワ教会を横目に見ながら、ルーヴルの入り口を求めてぐるぐるとさまよう。ようやく入り口が見つかるが、そこには長蛇の列。雨の中で待つのに我慢できずあきらめる。

とりあえず有名ドコロを回ろうと、地下鉄でシャンゼリゼへ。前に見える凱旋門に向かって歩く。
凱旋門の近くに、地下鉄の入り口のように地下に向かって下る階段があり、何かとのぞいて見るとトイレ。しかしこの時は気後れして入らず。
(小心者ポイント:だって中にいた男の人と目が合っちゃったんだもん…。)

こっちまで来たなら、とマルゼルブ広場へ行くことにする。
とりあえず、歩き疲れたし、寒いし、地図を見たいとカフェに入る。無事コーヒーとカフェオレを注文し、レシートを渡される。そこには「service 15%」と書かれている。チップを出すべきか大いに悩む我々。サービス料込みと判断して会計を頼みお金を渡すと、おつりにかなり時間がかかってヒヤヒヤ。やっぱ込みじゃなかったのか?しかしトイレだけはしっかりと借りて、そそくさとそこを後にする。

しかし後で考えてみると、やっぱりサービス料を15%くれと書いてあるわけもなし、込みという意味だったんじゃないかと。でも店員さんにしてみれば心づけは欲しかったのかもなあ。

地下鉄を乗り継ぎ、ヴィリエ駅で降りる。住宅街の真ん中の広場というよりは交差点の中にデュマの像を発見。
後ろに回ると…いたいた、いましたよー。おっとこまえダルです。人通りもほとんどなく、雨の中15分くらい立ち尽くす我々。

エッフェル塔へ行こうと思ったが、遠くまで来てしまったので、シテ島に向かいながらオペラ駅で途中下車。地上へ出ると、背後にそびえていたのはオペラ座そのもの。しかしその時はイマイチそれがオペラ座とは確信できず。

既にお昼過ぎ。食事するところを探してさまよう。英語のメニューが貼り出されているレストランを見つけ、入る。
ここで私は初めて会話らしい会話をする。
「Bonjour.いらっしゃいませ。」「Bonjour. Nous sommes deux. こんにちは。2人ですが。」 「Fumer ou non fumer? 喫煙席と禁煙席、どちらですか?」「Non fumer.禁煙席で。」
…まあ、またなんてマニュアルどおりなんでしょ。しかし、反射的に禁煙席と言ってしまったが、梟は愛煙家であった…。やっぱり完璧になんていきゃしないのか。

フランス語のメニューに奮闘する私たち。辞書を引き引き何とか選んだものの、それは日曜のみの限定ランチ。店員さんが英語のメニューを持ってきてくれる。
私が最初に無理してフランス語なんか使わなきゃ、始めっから英語のメニューが出てきたのかもね。とほほ。ここからは梟の英語に任せることにする。

周りを見渡すと家族連れが多い。ここはムール貝専門のファミレスらしい。しかし真昼間からみんなビールを飲んでいる。
なんていい国だ、と同じようにビールを飲みながら梟が感激する。

私はといえば、1リットルのミネラルウォーターに悪戦苦闘中。これにはいきさつがあるのだ。この日の朝、気が付いたら梟に水を全部飲まれていて、あまりの喉の渇きに、朝食で私は水を何杯もおかわりするはめになった。これが尾を引いていて思わず多めに頼んでしまったのだが、今水分を多く取るとトイレの問題があるんだった…。間違えたとも言えず腹をくくってひたすら飲む。

料理自体はまあまあの満足度で店を出る。我慢できずに店を出るやいなやタバコを吸う梟。

ポン・ヌフ駅へ。さっきの水のツケが回ってトイレが近くなる。サマリテーヌの入り口に公衆トイレ発見。梟と共に中へ。
中にカウンターがありおばさんがいて、2.5F払って入る。トイレはなかなかきれいで、ここから我々は公衆トイレに味を占める。

サマリテーヌでお土産になりそうなものを探すが、生活に密着したデパートなので思ったようなものが見つからない。
そうこうしているうちに下着売り場に潜入してしまう。しかし驚いたことに、女性物のフロアーだというのに、夫婦で選んでいるのはもちろん、当然のように1人で品定めしている男性も大勢いる。
梟が再びつぶやく。「いい国だ…。」…おいおい。

ポン・ヌフを渡る。ほぼ真ん中まで歩いてきたところで欄干にもたれ、セーヌ川とその周りの町並みを眺めてみる。
この橋はダルの時代からあるんだなあ、なんて少し17世紀に思いをはせたりしてみる。
アンリ4世の像をまじまじ見ながら通り過ぎ、左岸に渡る。

こちら側はフランス土産店が多く並ぶが、そのセンスといったら皆無もいいとこ。そんな店を通り過ぎノートル・ダム寺院に向かう。
さすがパリの顔。その名の通り女性らしい気品を醸し出していた(ような気がする)。近づいてみる。スピーカーから聖歌が流れ、人々が聖堂に入っていく。今日何かあるんだろうか?気になったけど入らない。
(小心者ポイント:今回の旅は外から見るだけに終始している。)

すっかりお気に入りの公衆トイレに行く。どうやら有名ドコロには大体近くに設置されているようだ。
結局雨はやまなかった。明日が晴れるよう祈りながら帰途に着く。
(小心者ポイント:昨日の教訓を生かし、ホテルのチップ用の小銭を作ろうとお札ばかり出していたら、小銭がヒジョーに増えてしまった。お財布はパンパン)

3日目(最終日)

快晴

3日目にしてようやくラッキーな事に快晴。うきうきと出かける。

まず、「ダルタニャン」という名のチョコレート屋がどうしても気になって探しに行く。どっちにしても今日は日曜なので、開店している可能性はゼロに近かったが、外からでも見たかったのだ。
シャトレ駅下車(遠すぎた)、フォーラム・レ・アル周辺を1時間くらいかけてぐるぐる歩き回るが見つからない。なくなってしまったのかもしれない。

チョコレート屋はダメだったが、代わりにおととい見逃していたイノサンの泉とロンバール通り(プランシェの住みか)を通りかかったので、少しだけ気も治まる。

すれ違った若者が「コ〜ンニ〜チワ〜」と歌うようにつぶやいて通り過ぎていった。思わず笑う。やっぱ日本人てすぐわかるのかな。

コンシェルジュリーやサント・シャペルを通り過ぎてシテ島を渡り、いよいよ左岸へ。
昨日のもろフランス土産店でついに使い捨てカメラをGet。あまりにブアイソな店員。横の人としゃべりながらの対応でこちらを見向きもしない。レシートもくれない。2〜3Fはボラれたかも…。

サン・ジェルマン大通りからフール通りに入り、ヴィユー・コロンビエ通りを見つける。
梟は私の様子を見て「今目的地を歩いてるの?」と聞く。それもそうだ。梟にとってはどれも同じ街並みで、どこからが私の目的の場所かわかるはずがない。ここにトレヴィル隊長とポルトスが住んでいたんだよ、と説明。

サン・スュルピス教会前の広場で一休みする。チョコレート屋の件でうろうろと迷っていただけなので、今日はまだ気分的には何もしていないのに、距離だけはそれなりに歩いてきたので疲れている。

広場に来ていたローラーブレードの少年や老夫婦を眺める。そのおばあさんの足のまた長くて細いこと(私は足フェチ☆)。そしてその姿勢のよいこと。フランスのおばあさんはみんなこうなのか?

そしてこの広場で、ついにこの旅初の写真を撮る。特に思い入れはないが、4人の宰相の像前で。
ここにも移動遊園地のメリーゴーランドがある。

いよいよ最大のメインに突入。まずはフェルー街(じゃなくて通り)ここでも写真を1枚。
そしてセルヴァンドーニ通り。通り名の看板を背に1枚、また、通り全体をバックに1枚。セルヴァンドーニ通りは、フェルー通りより道幅がやや狭く、典型的路地裏な感じ。

もっとかみしめていたいところだが、人も通るし何もする事がないので、このままでは怪しい人間と化してしまう。しかたなくヴォージラール通りに出る。リュクサンブール公園の入り口をなんとか見つけて中に入る。

日曜日の公園らしく、ジョギングをする人、犬の散歩をする人がたくさんいる。そして観光客も多く、思い思いに写真を撮っている。日本で言えば皇居みたいなもん?と梟。我々も噴水と宮殿を背に1枚。

梟と2人近くの椅子に座る。カモメに似た鳥の群れが、ひなたぼっこをしてうずくまっている様子を眺めたりして、我々もパリの休日を満喫する。
ふと見ると、声が聞こえないくらいの距離に日本の学生らしき後姿がある。ベンチに座り、重そうなリュックと「地球の歩き方」を脇に置き、宮殿をじっと眺めている。
「弟に似てるなあ。」梟が言う。梟もまた学生時代に2人で1ヶ月ほど東欧を旅したことがあり、その時のことを思い出してか、彼の様子をキョーミシンシンに観察する。
その学生の横に仲睦まじそうなカップルが座っていたが、ついに学生に写真を撮ってくれるよう頼んだようだ。「きっと、なんで俺が…と思ってるよ」梟が推測する。学生は写真を撮った後、居づらくなったのか、荷物を背負い去って行った。
これからどこに行くのかなあ。あてもなくさすらっているのだろうか。

私の目的はこれで全て終了したと告げると、梟はカキを食べに行く事を提案する。
ガイドブックでアンヴァリッドの近くにカキの店が2軒あることを確認。しかも昨日見損なったエッフェル塔にも近いから見られるかも、ということで早速地下鉄で移動する。

2軒あればどちらか開いているだろう、とタカをくくっていたが、1軒はどうやら営業をやめてしまったらしく、もう1軒は年末で休みだった。
以前広島へ行った時も、なんとなく食べ損なったという経歴があったカキだが、こうなると、どうもカキとは縁が遠いらしいと思うしかない。

アンヴァリッドを一周し、かすかに見えるエッフェル塔を写真におさめ、適当なレストランに入って昼食を取る。午後2時を過ぎ、ランチタイムが終わっていたのか、サンドイッチのようなメニューしかない。
「ああ、またパンか。」カキを食べ損ねて不機嫌な梟がつぶやく。

まだ日本へのお土産を買っていない私は、日曜でも開店している店が多いと聞いたフラン・ブルジョワ通りへ行く事を希望。帰るにはまだ早いしいいか、と梟も承諾。
地下鉄でパリの反対側、バスチーユへ。ここも何となく行きそびれていた場所なのでちょっとラッキーな気分。

オペラ座や塔を眺めつつヴォージュ広場方面へ。
ここにも大規模な移動遊園地が来ていて、縁日のような露店もたくさん出ていた。ここを回ってみるが、さまざまな国の色の濃いグッズが軒を連ねていて、パリっ子にはもの珍しいようだが、我々にとっては全然フランスらしくなくてがっかりとそこを去る。

再びヴォージュ広場を突っ切り、ここで写真を1枚。おとといの閑散とした雰囲気に比べ、今日は人が多く観光地らしさを醸している。

フラン・ブルジョワ通りへ一歩入ると、これまたすごい人の波。しかし手軽なパリ土産というようなものがなく、散々迷った末、空港に望みをかけやめることに。梟がまたあきれる。

地下鉄で帰ることにする。駅までの道にスーパーがあったので寄ってみる。しかし日本のスーパーと違ってお惣菜のようなものがなく、また東駅のパン屋で買ってよしにしようと、ビールだけ買って東駅へ。

出口を上がると、いつも眺めていたお高めのカキの店。いっそのことフンパツしてここに入ろうか、と心が揺らぐが、ビールを買ってしまったという理由で結局あきらめる。ビールなんて買わなきゃよかった。チッ。やはりカキに縁はなかったらしい。

いつものように東駅の構内でサンドイッチを買う。すっかり恒例行事となってしまった。ちょっぴり後味の悪い最終日となったのでありました。

エピローグ

日が短かったせいもあり、ホテルで過ごす時間が長かった今回の旅。
夜7時ごろテレビをつけると、年末なのに(年末だからか?)毎日同じクイズ番組をやっていた。司会の女性も毎日同じ。回答者が7〜8人で、順番に問題を出されていき、一周するたびに人の名前を挙げて1人ずつ減らしていくというもの。
イマイチルールがわからなかったが、それが最近日本でも始まりようやく理解できた。
その番組とは…「ウィーケストリンク」。伊東四朗が司会をやってるアレ。音楽まで一緒なのが驚き。つーかパクリすぎなんじゃ…。

(2002-01作成)